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千葉地方裁判所松戸支部 昭和53年(ワ)405号 判決

原告

関正三郎

右訴訟代理人

瑞慶山茂

小関傳六

中嶋親志

被告

有限会社村松製作所

右代表者

村松兼次

右訴訟代理人

田中正司

原誠

主文

一  被告は、原告に対し、金三八〇万円およびこれに対する昭和五四年一月一六日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対して、金一四一〇万七一三八円およびこれに対する昭和五〇年一二月六日より支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

被告有限会社村松製作所(以下単に「被告会社」と称する)は各種部品、プレス加工、金属雑貨、抜絞り加工などを業とする従業員二五名位の資本金六〇〇万円の会社である。

原告は、昭和四五年四月被告会社に入社し、プレス加工や金属雑貨(なべやフライパン等)などの製造作業に従事していた。

2  本件事故の発生

原告は、被告会社の業務命令により昭和五〇年一二月六日朝から被告会社工場内に設置されている一五〇万トン油圧プレス機(以下「本件プレス機」という)で鍋の製作に従事していたが、同日午後四時すぎ頃本件プレス機の上型が、装置の故障(機械の老朽化による油もれないし電気系統の一時的故障が原因と推測される)により突然落下したため、製品を取り出そうと右手を出していた原告は右手第二、第三指切断創、右手挫滅創の負傷を受けた。

3  本件事故の責任

被告会社は、本件事故につき、労働契約における安全保護義務に違反した債務不履行の責任がある。

被告会社は、原告に対し雇傭契約に基く賃金支払義務を負担するほか、条理上当然に、同契約の基本的義務として自己の支配管理下に属する機械、器具、設備等の諸施設によつて、労働者が生命、身体を害されることのないようにする安全保護義務があり、同義務は究極的には憲法二五条一項に由来し、その具体化として規定された労働基準法一条、労働安全衛生法、労働安全衛生規則一三一条に基づくものとして特約によつても排除できない絶対的義務として存する。

本件事故は、本件プレス機の故障に基づくもので被告会社の安全保護義務違反は明らかであるが、仮に右故障によらないとしても、本件事故後本件プレス機に被告会社が安全装置を取り付けたことから明らかなように、被告会社が労働安全衛生規則一三一条による安全装置を設置していれば本件事故は未然に防止できたものであるから、その債務不履行責任はまぬがれない。

4  本件事故による原告の損害金一四一〇万七一三八円

(一) 逸失利益 金六一〇万七一三八円

(1) 原告は本件事故のため二五日間の入院(手術が三回)三〇日間も長期にわたって通院し、本件事故発生日から昭和五一年一〇月まで休業を余儀なくされた。

(2) 原告は昭和五一年八月二日労働基準監督署より労働災害後遺障害第六級と認定された。

(3) 原告は本件事故前、被告会社から月一一万円の給料の支払いを受けていたものであるところ、右後遺障害認定日までの九ケ月間の得べかりし利益は九九万円となる。

(4) 原告は前記(2)の後遺障害を受けており、その労働能力喪失率は少なくても一〇〇分の六七となる。

原告は、大正二年八月四日生で、前記後遺障害等級の認定を受けた昭和五一年八月二日当時満六二歳であつたから、残りの就労可能年数は六七歳までの五年間となり、これによる逸失利益はホフマン方式により計算すると左記のとおりである。

月給11万円×12×0.67×5,786(ホフマン係数)=511万7138円

(二) 慰謝料 金六五〇万円

入、通院期間中一五〇万円。後遺障害により五〇〇万円。

(三) 弁護士費用 金一五〇万円

原告の損害は右のとおり逸失利益と慰謝料の合計金一二六〇万七一三八円となるところ、被告は原告に対してその支払いを拒否した。原告はやむなく原告訴訟代理人に依頼し、本件訴えを提起することにしたが、その際原告は原告訴訟代理人に着手金および成功報酬として金一五〇万円を支払う旨約した。

5  従つて、原告は被告会社に対し本件事故による債務不履行に基く損害賠償金として金一四一〇万七一三八円とこれに対する本件事故発生の日である昭和五〇年一二月六日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  原告の請求原因に対する被告の答弁ならびに主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実中、その主張の年月日に原告が負傷した事実は認めるが、その原因及び程度は争う。事故の原因は、原告が製品取り出しに際し、使用を義務付られていたマグネット棒を使用せず、自らの多年の経験に甘んじて手でこれを取り出そうとし、かつ本件プレス機の上型下降ペダルを誤つて踏んだことにより発生した原告の過失による自損事故である。

3  請求原因3の事実は否認する。

被告には、安全保護義務違反の帰責事由は存在しない。

被告は、本件プレス機に非常停止ボタンを設置したほか安全確保のため、危険限界内に身体の一部が入らないようにするためマグネット棒ないしヤットコ等の手工具の使用を義務付け、朝礼、安全対策会議等においてこれを周知させており、労働安全衛生規則(昭五二年改正前のもの)一三一条に定める必要な措置を講じていた。なお、本件プレス機は一転及び全自動の場合には、自重落下1.5センチで、リミットスイッチが発動して自動的に上昇し、上限リミットスイッチに当り停止する安全な機械である。

4  請求原因4(一)(1)の事実は知らない。

同4(一)(2)の事実は認める。

同4(一)(3)の事実は否認する。事故前一ケ年の原告の平均賃金は約九万円である。

同4(一)(4)の事実は否認する。

同4(二)、(三)の事実は否認する。

被告会社に責任があるとしても、原告に対し左記の金額を支給したので、損害額から控除すべきである。

休業補償金 五二万二八二二円

特別支給金 一七万四一九五円

退職金 一二万 二〇〇円

公傷見舞金  三万円

合計 八四万七二一七円

原告は柏労働基準監督署より傷害年金を次のとおり受領している。労災保険金のうち左記原告の受給分は使用者の負担する逸失利益の損害賠償額から控除すべきである。

一時金   六四万円

五一年度  五七万三七六六円

五二年度  六三万六八八二円

五三年度  六三万六八八二円

五四年度  六六万五五七一円

五五年度  七四万 一六一円

五六年度  八二万 四八八円

五七年度  八二万 四八八円

五八年度  八九万 五〇七円

五九年度  八九万 五〇七円

合計 七三二万四三九六円

三  被告の主張に対する原告の答弁

被告が安全保護義務を尽していたとの主張及び本件事故原因が原告の下降ペダルの踏み誤りとの主張は争う。

原告が被告主張の各金員を受領したこと、及びリミットスイッチの構造、作用は認める。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告が昭和四五年四月被告会社に入社し、プレス加工や金属雑貨(なべやフライパン等)などの製造作業に従事していたこと、昭和五〇年一二月六日被告会社工場内で一五〇トン油圧プレス機(以下本件プレス機という)で鍋を製作中、同プレス機内から製品を取り出そうとした際、同プレス機の上型が落下して、原告が右手第二、第三指切断創の傷害を受けたことは当事者間に争いがない。

二以下、本件事故の発生の態様、原因について判断する。

1  原告本人尋問の結果(第一回)及び検証の結果によると、原告は本件事故発生の直前、本件プレス機を用いて、厚さ0.9ミリメートルの鉄板をプレスして、直径二九センチメートルの円形中華鍋を製作していたこと、製作にあたつての本件プレス機の操作方法としては、原告は、後述する一転の方法を採用していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  ところで、証人鈴木健一の証言及び検証の結果によると、本件プレス機は、上型と下型に分かれ、上型が上下動して下型と接着する方式であり、その操作方法としては、『寸動』、『一転』、『全自動』の三種類があり、『寸動』とは、本件プレス機下にあるフートスイッチの下降スイッチを踏み続けることによつて本件プレス機の上型が下降し、踏むのを止めるとその場で停止し、下降用ペダルを踏み続けて上型を下死点まで下降させても自動的に上昇せず、上型の上昇は上昇用ペダルを踏むことによつてのみなされること、『一転』とは、下降用フートペダルを踏むと上型は下降し始め、踏み続けていなくても下死点まで下降し続け、そこから更に自動的に上昇して上死点で停止し、上型の下降中に上昇用ペダルを踏めば上型は上昇すること、『全自動』とは、下降用ペダルを一度踏みさえすれば、踏み続けていなくても上型が下死点まで自動的に下降し、さらに下死点から自動的に上昇し、上昇、下降の反復をするものであること、右三種類以外の上型の落下原因としては、上型の自重落下があるが、通常の一転ないし全自動の操作中では、安全装置としてリミットスイッチが働き、上型の上死点から1.5センチメートル位落下した地点で停止すること、(リミットスイッチの機構と作用については当事者間に争いがない)本件プレス機の上型の上死点と、下型の上表面との間隔は、16.5センチメートルで、下型の上に原告が製造していた製品の鍋を乗せた場合、鍋の頂点と、上死点での上型との間隔は7.3センチメートルであつて、リミットスイッチが作動する限り、上型は下型に接着しない構造であること、本件プレス機が油圧式であることから、油もれがある場合、その油もれの程度によつて上型は落下するが、その速度は油もれ量により変化するが、全部の油もれが生じた場合上型は、約一、二秒で下型と接着するが、再上昇はしないこと、本件プレス機に電気的故障がある場合、上型の自重落下は五分間で2.7センチメートルにとどまり、下型に接着した後も再上昇はしないことの各事実が認められ、右認定に反する甲第六号証及び原告本人尋問の結果部分は措信できない。

3  又、〈証拠〉によると、原告が製品たる鍋と下型の間に指をはさみ右手第二、第三指切断創、右手挫滅創の傷害を負つた後、上型は自動的に上昇したこと、証人鈴木健一の証言(事故日を昭和五〇年一二月四日と供述している部分は採用しない)によると、本件事故後数日して被告の依頼により本件プレス機を点検したが、油もれも、電気系統の故障も認められなかつたこと、原告本人尋問の結果(第一回)によると、前記フートペダルは1.5メートル位のコードで機械に接続しており固定されていないものであるところ、製品の鍋を取り出すのに支障を来たしたことから、本件事故時においては、上型を上下に作動させるときはフートペダルを自分の足もとに寄せこれを踏んで操作し、製品の鍋を取り出す時には足で押しやるという原告だけの独自の作業方法を用いていたことの各事実が認められる。

4 以上、1ないし3の事実及び〈証拠〉を総合すると、本件事故は、後記三認定の被告の安全保護義務違反にあいまつて、原告が、製品をとり出すに際し、フートペダルを足で押しやるという特異な方法を採用していたため、その作業中、下降用のペダルを踏み誤つた結果招来されたものと推認され、本件プレス機自体の電気的故障や、油もれによるものではないと認められる。

三次に、請求原因3の主張(被告の安全保護義務違反)について吟味する。

〈証拠〉並びに検証の結果を総合すると、本件プレス機については、労働安全衛生規則一三一条一項に基づき、スライド及び刃物の作動中に危険限界に身体の一部が入らないような措置を講ずるか、身体の一部が危険限界に入つたときにスライド及び刃物が急停止する構造を必要とするところ、本件プレス機は右いずれの要件をも具備していないので、同規則同条二項により、安全装置の取付けその他安全を確保するため必要な措置を講じなければならず、具体的には、

イ  材料を両手で保持して加工する場合において、作業者の指先と危険限界との距離が常に一〇センチメートル以上に保たれていること。

ロ  片手で専用の手工具が使用され、かつ、他方の手に安全囲い等が設けられていること。

ハ  専用の手工具が両手でそれぞれ保持され、材料の送給又は製品の取出しが行なわれること。

ニ  安全な構造の金型が使用されていること。

のイないしニ等のいずれかの措置を講ずる必要が同規則の求めるところと解されるところ、被告は、本件プレス機に非常停止ボタンを設置したほか、その使用に関しては製品取り出しにマグネット棒等の使用を義務づけていたから、右安全配慮義務違反はないと主張するが、前掲の各証拠によると、被告が本件事故以前に非常停止ボタンを設置したり、マグネット棒等の手工具の使用を義務付けて、使用させていたことないし、右記イないしニ等の安全措置を講じていたと認めることはできず前記検証の結果によると被告は、本件事故後に新たな安全装置を設置したことが認められるので本件事故時において、被告には労働安全衛生規則一三一条に定める安全保護義務違反があつたものと推認され、原告と労働契約(雇傭契約)を締結している(この事実は当事者間に争いがない)被告は、信義則上、その契約の基本的内容として、右安全衛生規則を尊守し、原告の安全を配慮すべきものであるから、右規則違反は、被告の原告に対する債務不履行を構成するものと解され、この点に関する原告の主張は理由があり、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

四ところで、本件では、原告の側に前記二認定のとおり、上型の下降用ペダルを自らの特異な作業方法によつて踏み誤つたという過失によつて事故が招来されたことも事実であるが、被告が右記三の安全保護義務を尽していれば、原告の右下降ペダルの踏み誤りという過失が競合しても事故が発生しなかつたと推認されるので、右記二の原告の過失をもつて被告は免責されないと解するを相当とする。

五そこで、請求原因4の損害額について判断する。

1  〈証拠〉を総合すると、請求原因4(一)(1)(3)の各事実が推認され、右認定を左右するに足る証拠はない。

2  原告が昭和五一年八月二日労働基準監督署より労働災害後遺障害等級第六級と認定された同4(一)(2)の事実は当事者間に争いがない。

3 原告の労働能力喪失率は、前記争いのない一の事実及び右五2の事実を総合して判断すると少なくとも一〇〇分の六七を下らないことが認められる。

4 〈証拠〉によると、原告が、右記五2の認定を受けた年令は満六二歳で、残りの就能可能年数は六七歳までの五年間となることは当裁判所に顕著な事実であるから、これによる逸失利益をホフマン方式により計算すると、月給11万円×12×0.67(労働能力喪失率)×4.364(ホフマン係数)=385万9522円となる。(原告主張のホフマン係数は採用できないこと当裁判所に顕著な事実である。)

5  原告の傷害の程度、本件事故に至る経緯等一切の事情を考慮すると、原告の入通院期間中の慰謝料は金一〇〇万円、後遺障害による慰謝料は金五〇〇万円をもつて相当と判断する。

6  原告が、本件訴訟の追行を原告訴訟代理人弁護士らに委任したことは記録上明らかであり、本件事件の請求額、請求認容額等の諸般の事情に照らすと、本件債務不履行と相当因果関係にある損害として請求しうる弁護士費用は金八〇万円をもつて相当と認める。

六原告が、被告主張のとおり損害の補償を合計八一七万一六一三円得ていることは原告の認めるところであるが、その内訳は、休業補償金五二万二八二二円、特別支給金一七万四一九五円、退職金一二万二〇〇円公傷見舞金三万円、傷害年金合計七三二万四三九六円(一時金及び昭和五一年度ないし昭和五九年度合計額)であつて、〈証拠〉によるといずれも原告の受けた傷害に対する財産上の損害の填補のみを目的としたものと認めるのを相当とするから、原告が右各金員を受領したからといつてその全部又は一部(公傷見舞金三万円はその名称、金額からみて格別に原告の精神的慰謝を目的とした損害賠償の趣旨ではなく社会儀礼上の見舞金の趣旨と解される)を、原告の被つた精神上の損害を填補するものとして慰謝料の額から控除することは認められず、原告の請求する逸失利益に充当しうるだけと判断される。(最高裁昭和五五年(オ)第八二号昭和五八年四月一九日第三小法廷判決民集第三七巻第三号判例時報一〇七八号七八頁以下)

原告の逸失利益は、前認定五1、4の合計金額から、後記七認定の原告の過失割合五割を減ずると合計二四二万四七六一円となるから、被告主張の右補償金額で充当されていることが計数上明らかであつて、原告の逸失利益請求部分は結局理由がないことに帰する。

七又、前記二、三認定の各事実から本件事故における原告、被告の各過失割合を考慮すると原告は自分だけの特異な作業形態として本件プレス機のフートペダルを『一転』の作業中、製品取り出しの際足で位置を変えるという事故を招来しやすい危険な方途を採用している(検証の結果によると、フートペダルは、約1.5メートルのコードで本件プレス機に接続しており可動的なものであるが、上昇用ペダルと下降用ペダルは並列しており、その位置を足で移動させることは踏み誤る危険が大きいと推認される)ので損害額の算定にあたつては、原告の過失割合を五割被告を五割と認めるを相当と判断する。

八前記五5認定の慰謝料額から、右原告の過失割合を減ずると、被告が原告に対して支払うべき慰謝料額は計算式{(100万円+500万円)×(1−0.5)=300万円}により金三〇〇万円となる。

九よつて、被告は原告に対し、右慰謝料金三〇〇万円と前記五6認定の弁護士費用八〇万円の合計金三八〇万円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和五四年一月一六日(原告が、債務不履行に基く損害賠償を請求していることは明らかであるが、債務不履行に基く損害賠償請求権は期限の定めのない債権であるから、民法四一二条三項に従い催告によつて遅滞に陥いると解され、且つ原告の主張は予備的に、本訴状送達によつて右催告をしたと解しうるところ、右訴状送達の翌日が昭和五四年一月一六日であることは一件記録上明らかである。従つて、原告の本件事故日以降右催告までの遅延損害金の支払を求める部分は理由がない)から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をする義務があるので、原告の主張は右の限度でこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第九二条本文第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用のうえ、主文のとおり判決する。 (大谷吉史)

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